世俗の問題と煩悩の力

経典の差別語に「心痛む」 本願寺に要望
http://www.chugainippoh.co.jp/religion/news/20170908-006.html

小森氏は浄土三部経の「観無量寿経」(観経)に出てくる「是栴陀羅(せんだら)」を問題視し、人間の平等を説いた親鸞聖人の遺弟である本願寺教団に、問題解決に向けての取り組みを進めるよう強く要望した。

出自による差別は全くもって肯定しませんが、密教的にはこういうものが取り込まれて成立しているようです。

例えばお薬師さんの御真言。

おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
(オーム フルフル チャンダリー マータンギー スヴァーハー : チャンダリーよマータンギーよ、厄病を取り払い給え)

「旃陀羅(せんだら)」もチャンダリー、マータンギーも、語源は恐らく同様で、屠畜を生業とする人々をさしており、彼らの祀る女性神の名前をチャンダリー、マータンギーと呼ぶようになったという説があります。或いは彼ら(彼女ら)は、巫覡のような役割であったのかもしれません。

密教は、煩悩の根源にある力を利用した解脱の道をシステム化したため、世俗の問題も取り込んでいる嫌いがあります。この辺りはこの辺りで保存しつつ、現代社会に受け入れられるようなものにすべきではありますね。